國體の本義 前田慶一 現代語訳
上巻
國體(国体) 國體の本義(国体の本義)
天照大神の神性
天皇陛下のご先祖を天照大神(あまてらすおおみかみ)といいます。
大神は徳がきわめて高いお方であり、はじめて稲(いね)・麦(むぎ)などを田畑に植えさせ、また、蚕(かいこ)を飼わせて、人々に恵みを与えました。
大神の弟を素戔鳴尊(スサノオノミコト)といいます。スサノオノミコトは、たびたび乱暴な行いをしました。大神はスサノオノミコトを非常にかわいがっていたので、この乱暴を注意することはありませんでした。
しかし、スサノオノミコトが、大神の機屋(はたや)を汚す悪事をしたとき、大神は、耐えかねて天の岩屋(あまのいわや)に入り、岩戸(いわと)を立てて、その中にお隠れになりました。
多くの神々は、大変お困りになりました。そこで、大神に天の岩屋から出ていただこうとして、岩戸の外に集まり、八坂瓊曲玉(やさかにのまがたま)・八咫鏡(やたのかがみ)などを榊(さかき)の枝にかけ、神の舞いをはじめられました。
そのとき、天鈿女命(アメノウズメノミコト)の舞いが、たいそう面白く、神々の笑い声は天地を動かすほど大きいものでした。隠れていた大神は、何事が起こったかと怪しんで、少し岩戸をお開きになりました。
神々は、多くの宝物をかけた榊を大神の前にさしだしました。すると大神の姿が、枝にかけた鏡に映りました。大神は、ますます不思議に思い、岩戸より少し身を乗り出しました。そこを岩戸のそばに隠れていた手力男命(タジカラヲノミコト)が、大神の手を取りひっぱり出しました。神々は、声をあげて喜びました。
スサノオノミコトは、神々に追い出されて出雲(いずも)の地にお降りになりました。そして、尊簸川(ひのかわ)の川上で、八岐の大蛇(やまたのおろち)を斬りすてて、人々をお救いになりました。
このとき、大蛇の尾から一振りの剣がでてきました。これは不思議な剣だと思い、スサノオノミコトは大神に献上しました。これを天叢雲劔(あめのむらくものつるぎ)といいます。
スサノオノミコトの御子に、大国主命(オオクニヌシノミコト)というお方がいました。出雲地方を切り開きお治めになりましたが、その他の地方には、悪者どもがまだたくさんいました。
大神は孫である瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)を天から遣わして出雲の国とその他の地方を治めようと思い、まず、先んじて神をつかわして、大国主命が治めている国を大神に献上するように言いました。大国主命は、喜んでその仰せに従いました。大神は、ニニギノミコトに向って言いました。
「此の国は、我が子孫が君(きみ)となるべき地です。汝(なんじ)皇孫(こうそん)行って治めなさい。皇位(こうい)が盛んとなることは、天地(あめつち)と共に窮まることはないでしょう。」と。
これは、天壌無窮の神勅のことです。万世一系(ばんせいいっけい)の天皇をいただいて、永遠に不動の我が國體の基礎は、まさしくここに定まったのです。
大神は、また、八坂瓊曲玉(やさかにのまがたま)・八咫鏡(やたのかがみ)・天叢雲劔(あめのむらくものつるぎ)をニニギノミコトにお授けになりました。
これを三種の神器(さんしゅのじんぎ)といいます。ニニギノミコトは、これをうやうやしくいただき、大勢の神々を従えて、九州の日向(ひゅうが)の地にお降りになりました。この時より三種の神器は、代々の天皇が継承されて、皇位(こうい)の御(み)しるしとなりました。
大神が、三種の神器をニニギノミコトにお授けになったとき、
「この鏡を私と思って、常に敬い祀りなさい。」と仰りました。神鏡奉斎の神勅のことです。
この神勅により、八咫鏡(やたのかがみ)を御神体(ごしんたい)として天照大神を祀る伊勢の皇大神宮(こうだいじんぐう)は、代々の天皇と国民とが、深く敬う御神殿となりました。
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天壌無窮の神勅(再掲)
豊葦原(とよあしはら)の千五百秋(ちいほあき)の瑞穂(みずほ)の国は、是(こ)れ吾(あ)が子孫(うみのこ)の王(きみ)たるべき地(くに)なり。
宜(よろ)しく爾皇孫(いましすめみま)就(ゆ)きて治(しら)せ。行矣(さきくませ) 宝祚(あまつひつぎ)の隆(さか)えまさむこと、当(まさ)に天壌(あめつち)と窮(きわま)りなかるべし。


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