國體の本義 前田慶一 現代語訳
上巻
國體(国体) 國體の本義(国体の本義)
原文(二)
一 軍人は忠節を盡(つく)すを本分とすへし
凡(およそ)生を我國に稟(う)くるもの誰かは國に報ゆるの心なかるへき況(ま)して軍人たらん者は此心の固からてぱ物の用に立ち得へしとも思ぱれす
軍人にして報國の心堅(けん)固(ご)ならさるぱ如(い)何(か)程(ほど)技(ぎ)芸(げい)に熟し學術に長するも猶偶(ぐう)人(じん)にひとしかるへし
其隊(たい)伍(ご)も整ひ節制も正くとも忠節を存せさる軍隊は事に臨みて烏(う)合(ごう)の衆に同かるへし
抑(そもそも)國家を保護し国権を維持するは兵力に在れは兵力の消(しょう)長(ちょう)は是国(こく)運(うん)の盛(せい)衰(すい)なることを辨(わきま)へ世論に惑はす政治に拘(かかわ)らす只々一途(ただただいちづ)に己(おの)か本分の忠節を守り義は山(さん) 嶽(がく)よりも重く死は鴻(こう)毛(もう)よりも軽(かろ)しと覺悟せよ
其操(みさお)を破りて不覺を取り汚名を受くるなかれ
一 軍人は禮儀を正くすへし
凡(およそ)軍人には上元帥(かみげんすゐ)より下一卒(しもいつそつ)に至るまて其間(そのあいだ)に官職の階級ありて統屬(とうぞく)するのみならす
同列同級とても停年に新舊(しんきゅう)あれは新任の者は舊任(きゅうにん)のものに服從すへきものそ下級のものは上官の命を承(うけたまわ)ること實(じつ)は直(ただち)に朕か命を承る義なりと心得よ
己か隷屬(れいぞく)する所にあらすとも上級の者は勿(もち)論(ろん)停(てい)年(ねん)の己(おのれ)より舊(ふる)きものに對しては總(す)へて敬禮(けいれい)を盡(つく)すへし
又上級の者は下級のものに向ひ聊(いささか)も輕侮驕傲(けいぶきょうごう)の振舞あるへからす
公務の爲に威嚴を主とする時は格別なれとも其外(そのほか)は務めて懇(ねんごろ)に取扱ひ慈愛を專一(せんいち)と心掛け上(じょうか)下(いっ)一致(ち)して王(おう)事(じ)に勤勞せよ
若(もし)軍たるものにして禮儀を紊(みだ)り上(かみ)を敬はす下(しも)を惠(めぐ)ますして一致の和諧(わかい)を失ひたらんには啻(ただ)に軍隊の蠧毒(とどく)たるのみかは國家の爲にもゆるし難き罪人なるへし
一 軍人は武勇を尚(たっと)ふへし
夫(それ)武勇は我國にては古よりいとも貴(とうと)へる所なれは我國の臣民たらんもの武勇なくては叶(かな)ふまし况(ま)して軍人は戰に臨み敵に當るの職なれは片時も武勇を忘れてよかるへきか
さはあれ武勇には大(たい)勇(ゆう)あり小勇ありて同からす
血氣(けっき)にはやり粗暴の振舞なとせんは武勇とは謂(い)ひ難し軍人たらむものは常に能(よ)く義理を辨(わきま)へ能く膽力(たんりよく)を練り思慮を殫(つく)して事を謀るへし
小敵たりとも侮(あな)らす大敵たりとも懼(おそ)れす己か武(ぶ)職(しよく)を盡さむこそ誠の大勇にはあれされは武勇を尚ふものは常々人に接(まじわ)るには温和を第一とし諸人(しょにん)の愛敬(あいけい)を得むと心掛けよ
由(よし)なき勇を好みて猛威を振ひたらは果(はて)は世人(よのひと)も忌(いみ)嫌(きら)ひて豺狼(さいろう)なとの如く思ひなむ心すへきことにこそ
一 軍人は信義を重んすへし
凡信義を守ること常の道にはあれとわきて軍人は信義なくては一日(いちじつ)も隊(たい)伍(ご)の中(うち)に交りてあらんこと難(かた)かるへし
信とは己(おのれ)か言(こと)を踐(ふみ)行(おこな)ひ義とは己か分(ぶん)を盡(つく)すをいふなりされは信義を盡さむと思はゝ始(はじめ)より其事(そのこと)の成し得へきか得へからさるかを審(つまびらか)に思考すへし
朧氣(おぼろけ)なる事を假初(かりそめ)に諾(うべな)ひてよしなき關係を結(むす)ひ後に至りて信義を立てんとすれは進退谷(きわま)りて身の措(お)き所に苦(くるし)むことあり悔(く)ゆとも其詮(そのせん)なし
始に能ゝ(よくよく)事の順逆を辨(わきま)へ理(り)非(ひ)を考へ其(その)言(こと)は所詮踐(ふ)むへからすと知り其義(そのぎ)はとても守るへからすと悟りなは速(すみやか)に止(とどま)るこそよけれ
古(いにしえ)より或(ある)は小(しょう)節(せつ)の信義を立てんとて大(たい)綱(こう)の順逆を誤り或は公(こう)道(どう)の理(り)非(ひ)に踏迷(ふみまよ)ひて私(し)情(じょう)の信義を守りあたら英(えい)雄(ゆう)豪(ごう)傑(けつ)ともか禍(わざわい)に遭(あ)ひ身を滅し屍(かばね)の上の汚名を後世(のちのよ)まて遺(のこ)せること其例(そのためし)尠(すくな)からぬものを深く警(いまし)めてやはあるへき
一 軍人は質素を旨(むね)とすへし
凡質素を旨とせされは文弱に流れ輕薄に趨(はし)り驕奢華靡(きょうしゃかび)の風(ふう)を好み遂には貪汚(たんお)に陷りて志も無下に賤(いやし)くなり節(せっ)操(そう)も武(ぶ)勇(ゆう)も其甲斐(そのかい)なく世人(よのひと)に爪(つま)はしきせらるゝ迄(まで)に至りぬへし
其身(そのみ)生涯の不幸なりといふも中(なか)々(なか)愚(おろか)なり
此(この)風(ふう)一(ひと)たひ軍人の 間(あいだ)に起りては彼(か)の傳染病(でんせんびょう)の如く蔓(まん)延(えん)し士(し)風(ふう)も兵氣(へいき)も頓(とみ)に衰へぬへきこと明(あきらか)なり
朕深く之を懼(おそ)れて曩(さき)に免黜條例(めんちゅつじょうれい)を施(し)行(こう)し略(ほぼ)此事を誡(いまし)め置きつれと猶(なお)も其悪習(そのあくしゅう)の出(いで)んことを憂ひて心(こころ)安(やす)からねは故(ことさら)に又(また)之(これ)を訓(おし)ふるそかし汝等軍人ゆめ此訓誡(このおしえ)を等閑(なおざり)にな思ひそ
右の五(ご)ヶ條(かじょう)は軍人たらんもの暫(しばし)も忽(ゆるがせ)にすへからすさて之を行はんには一(ひとつ)の誠心(まごころ)こそ大切なれ
抑(そもそも)此(この)五ヶ條は我軍人の精神にして一の誠心は又(また)五ヶ條の精神なり心(こころ)誠(まこと)ならされは如何なる嘉言(かげん)も善行も皆うはへの裝飾(かざり)にて何の用にかは立つへき
心たに誠あれは何事も成るものそかし况(ま)してや此五ヶ條は天地の公(こう)道(どう)人(じん)倫(りん)の常經(じょうけい)なり行ひ易く守り易し
汝等軍人能(よ)く朕か訓(おしえ)に遵(したが)ひて此道(このみち)を守り行ひ國に報ゆるの務(つとめ)を盡(つく)さは日本國の蒼生擧(そうせいこぞ)りて之を悦(よろこ)ひなん朕一人(いちにん)の懌(よろこび)のみならんや
明治十五年一月四日
御名御璽
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