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    天壌無窮の神勅「しらす」と大日本帝国憲法「統治ス」

 

 

 「しらす」の意味を知るため天壌無窮の神勅を今一度示します。

 

豐葦原(とよあしはら)の千五百秋(ちいあきほ)の瑞穗(みずほ)の國(くに)は是(こ)れ吾(あ)が子孫(うみのこ)の王(きみ)たるべき地(くに)なり。

 

宜(よろ)しく爾(いまし)皇孫(すめみま)就(ゆ)きて治(しら)せ

 

行矣(いきくませ)。寶祚(あまつひつぎ)の隆(さか)えまさむこと、當(まさ)に天壤(てんじょう)と窮(きわ)りなかるべし。

 

 三浦藤作は、この「治せ」の意味を著書『臣民の道』『歴代御詔勅謹解』で説明しています。概略を以下に示します。


〝「治(しら)せ」は、「しらす」の命令法です。「しらす」は「しろす」ともいいます。「国を治めたまう」ということです。「しらす」は、もとは「知る」の敬語であって、「知らせらる」です。

 

万葉集に「思わぬを思うといえば大野なる三笠の杜の神し知らさむ(・・・・)」とあります。

 

国の状態をよくお知りになれば、おのずから、それに適切な御政治をなされることができます。それで「知る」という言葉が「治める」という意味に転用されるようになりました。

 

「しらしめす」、「しろしめす」は「しらす」、「しろす」をさらに敬っていう言葉であり、「国をおさめたまう」「お治めなされる」「御統治」というのとおなじことです。

 

 「知る」も「見る」も「聞く」も、他のものを受け入れるはたらきですから、その敬語「知(しら)す」(しろす)、「見(み)す」(めす)、「聞(きこ)す」が、「知りたまう」「見たまう」のように、「御自身に受けたまう」というところから、どれもみな国をお治めになるという意味の言葉を示しています。〟

 

 

 また、亘理章三郎は著書『天壌無窮の神勅』の中でさらに次のように述べています。外用を示します。

 


〝シラスと同義の古語には、看(み)ス・聞(き)コス・食(お)スまたは敷(し)キマスというのがあります。看(み)スは看行(みそなわ)スともあって、看(み)スを知(し)ラスに加えて、知(し)ロシメ(・)スと言うだけではなく、看(み)スだけでも知(し)ラスの意義に用いられます。

 

聞(き)コスは聞看(きこしめ)スともあって、「天下の政(まつりごと)を聞看(きこしめ)す」などと現わします。食(お)スは「食国天下(おすくにのあめのした)の政(まつりごと)」などとあり、その食(お)スを加えて「聞食国(きこしおす)」と言うこともあります。


 この知(し)ラス・看(み)ス・聞(き)コス・食(お)スの言葉が互いに通じるところがあるのは「知るも、看るも、聞くも、食うも、皆他のものを我が身に受け入れるはたらきであり、その如くに君は天下を御自身にお受け入れになるからである」と解するのが、国学者(右の三浦藤作の意見と同様)の解釈の通説のようになっています。


 この解釈に従えば、国(くに)シラスという大御業(おおみわざ)が、ややもすると「受動的な消極的な」はたらきのように聞えますが、シラスと同義語に敷(し)キマスという言葉のあるところに注意しなければなりません。

 

敷(し)キマスというのは「大君の敷(し)きます国」などとあって、天下に対しておほどこしになる大御業(おおみわざ)が、水が地に流(し)くというように、あまねく行き渡ることを言いますので「能動的な積極的な」意味をもちます。

 

要するに、シラスは天皇が天下を大御心にお受け入れになり、また、あまねく敷(し)き行わさせになる大御業(おおみわざ)であるということができるのです。〟

 


 つまり「しらす」は、大御業は、受動的かつまた能動的なものだと言っているのです。
  
ここで大日本帝国憲法について「しらす」の意味を考えてみます。

 

大日本帝国憲法 
第一条 大日本帝国ハ万世一系ノ天皇コレヲ統治(とうち)ス

 

 

 大日本帝国憲法 第一条「大日本帝国ハ万世一系ノ天皇コレヲ統治(とうち)ス」は、憲法起草の中心的人物であった井上毅の草案では「大日本帝国ハ万世一系ノ天皇コレヲ治(しら)ス所ナリ」でした。

 

あまねく民をお受けになると同時に民をお思いになる「治(しら)ス」の精神が「統治(とうち)ス」に込められており、天壌無窮の神勅の「しらす」の精神は、悠久の時をへて大日本帝国憲法に引き継がれ帝国憲法の根源となっています。

 

また、神武天皇を称して「始御国天皇(はつくにしらすすめらみこと)」と申しあげるのを見ても「しらす」は非常に重要な意味をもちます。

 


 ここに疑問が生じます。大日本帝国憲法制定の方針がなければなりません。それについては、金子堅太郎の『憲法制定と欧米人の評論』に記されているので、抜粋してみます。

 

 

〝我々三人(井上毅伊藤博文金子堅太郎)は帝国憲法起草の方針について協議した。この時伊藤公は左の原則を決定して我々に訓示せられた。
第一 皇室典範を制定して皇室に関係する綱領を憲法より分離する事
第二 憲法は日本の國體および歴史に基づき起草する事
以下、・・・第七まで省略。〟

 


 この第一の重要さは議論を別にしますが、第二の「憲法は日本の國體および歴史に基づき起草する事」により、すでに方針段階で「國體」と「歴史」が最も重視されていたことが伺えます。引用を続けます。

 


〝國體とは何ぞや、曰く

 

初天孫之降臨下土也、天祖賜以三種神器曰玉、曰鏡、曰剣、因勅曰、芦原千五百秋之瑞穂国、是吾子孫可王之地汝皇孫就而治焉、行矣宝祚之隆当與天壌無窮者矣

 

是によって之を観れば我が日本においては、天皇の統治権は、天祖より天孫に下し賜りたるものである。〟

 


 これは天壌無窮の神勅そのものであり、それが「國體」であると言い切ってます。したがって、天壌無窮の神勅は、憲法制定方針において、直接大日本帝国憲法を規定しているという事実が明らかになりました。天壌無窮の神勅こそ、日本の根源であることがはっきりと示されたのです。


 「しらす」の意味から発して大日本帝国憲法成立までを俯瞰し、このような結論になりました。

 

であれば、

 

我々は、天壌無窮神勅の発露である明治の皇室典範および大日本帝国憲法をもって、正式な典憲として仰ぎ奉ることにより國體を引き継ぐべきだと思うのです。

 


                                                                                         以上

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