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臣民の道 前田慶一 現代語訳
國體(国体)國體の本義(国体の本義)の実践
本論導入部 当時の世界情勢について
『臣民の道』では、臣民の行動規範について説明するまえに、当時の日本をとりまく世界情勢を説明しています。そして、この先、その状況下で國體の実践を説いていきます。
第一章 世界新秩序の建設
一、世界史の転換
近世の初期以来数百年にわたって、世界人類を個人主義・自由主義・唯物主義等の支配下においた旧秩序は、いまや崩れて行くばかりであり、かつてないほどの世界的変動のなかで、新秩序の建設はだんだんと進んで行きます。
この世界の新秩序の意義を明らかにするためには、まず、世界近世の歴史について、そのあらましをざっと見なければなりません。
近世の歴史は一言で言うと、欧州における統一諸国家の形成と、これらの間における植民地獲得のための争覇戦との展開です。すなわち、近世初期にアメリカ大陸が発見され、それに引き続いて欧州諸国民は、支那やインド等のはるかな東方アジアの地へも、大海を渡り盛んに船で来ることになりました。
そして、その全世界への進出は、やがて、政治的・経済的・文化的に世界を支配する始まりとなり、彼らは世界をあたかも己のもののようにみなし、勝手気ままなふるまいを当然のことように考えるに至りました。
この侵略を欧州以外の国々は、気がつかないうちに迎えました。南北アメリカもアフリカもオーストラリアもインドも、武力を背景とする強い圧力と、宗教を手段とする巧妙な政策によって、瞬くあいだに欧州諸国の手のなかに落ちてしまいました。
アヘン戦争によって、その弱みをを現わした支那もまた、たちまちに彼らが植民地とする地になりました。
我が国は、室町時代末から安土桃山時代にかけて、まず、ポルトガル・スペイン等の来航に接し、後に鎖国政策によって一時の平安を得ましたが、幕末に至りイギリス・フランス・アメリカ・ロシア等の来航がだんだんと多くなってきて、神州日本の地も安全ではないものがありました。
現代語訳終
富の簒奪を目的とした有色人種への迫害と植民地化。それを放置しておけば、日本も西欧列強に併呑される危機があるということです。
「新秩序の建設」とはなにかが、『臣民の道』の論理が進むにつれてはっきりしてきます。
以上
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